ルクイサリ



2021年1月


26日

この度、新アドレスを取得し、ホームページを作り直すことにしました。

アドレスを分かりやすいものに変えたくなったためであり、デジタル面でのライフスタイルの変化から、個人サイトを充実させようと思い至ったためでもあります。

今日はレンタルサーバーの移行を済ませて、HTMLをPHPに変換する作業をしていました。プログラミング的なものは苦手分野です。それでも、怪文にしか思えなかったPHPのコードが少し分かってきて、勉強してみるもんだなと思いました。

気がかりなのは、ホームページを新アドレスにして旧サイトに案内を貼ったとしても、大量の名刺や同人誌に刷ったアドレスはどうしようもないことですね……。テプラで直そうかしら。

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デスクワークの合間に、友人から頂いたルーピングで癒されています。


27日

昨日は一日中PCに向かっていて、すっかり疲れてしまいましたが、懲りずにまたホームページ改装作業をしています。

今日はトップページに載せるアイコンを描きました。ちょうどよく、レトロな感じにできたんじゃないでしょうか。

「ルクイサリの紙」の元ネタは資源回収トラックの車体に書いてあった文字なので、地球っぽいカラーリングの紙の輪にしました。

「小説」は木に関する作品ばかり書いているので木の絵、「絵」はよく描く紋様のひとつである巻貝?の絵です。「日記」はそのまんま日記帳。

「管理人」のアイコンは何を描こうか困って、イニシャルのKをなんとなくアヒルに見立ててみたのですが……いまいち何の絵だか分かりにくいですね。う〜ん。

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HP用に描いたアイコン、PCのデスクトップのアイコンに流用してみました。


28日

布に模様を描いてコースターを作りました。来月BOOTHで販売します。

こういった模様を描くのは、イラストと比べてあまり苦になりません。模様グッズ、どんどん作っていきたいです。

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最近、石牟礼道子『十六夜橋』を読んでいます。

いま第一章を読み終えたところで、すごく良い本だなあ……と浸り込んでいます。

元々は、こういった時代小説的な、古い日本を描いたものには全く関心がありませんでした。数ヶ月前、樹木と人の異類婚姻譚について調べるためにラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の『青柳のはなし』を読み始めてから、だんだんと関心を持つようになりました。

それで、『十六夜橋』を読み始めたきっかけですが……私の故郷は天草で、同郷として気になっていた石牟礼道子を読んでみようと思い、「代表作の水俣病に関する本は少し難しそうだ……」「紙書籍ではなくKindleで買える作品はあるだろうか?」と探してみて、辿り着いたというわけです。

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まだ1/4ほどしか読み終えていないので、感想がハッキリしているわけではないのですが、「世の中にはこんなタイプの小説があるんだ!」という驚きが大きいです。

私は幼い頃に読書をよくしていましたが、持病がきっかけで高校生〜最近まで読書習慣が完全に途絶えていました。そのため、今まで熱心に読んできた小説を思い出そうとすれば中学の頃までの記憶で、ほとんど児童書とライトノベルです。そういうわけで、世の中にどんな分野の、文体の、形式の小説があるのか、あまり経験に富んでいません。(それでも時おり小説を書こうと試みるわけですが……)

『十六夜橋』の第一章を読んで感動したのは、まずは淡々と綴られたうら寂しい群像劇のことですが、驚いたのは読み慣れない古い言葉遣いや方言の文章、眠る間際に記憶を辿るような静かな展開についてでした。

この作品は、おそらく熊本の西のあたりを舞台とし、庶民の人生を数世代にわたって描く群像劇のようです。河川工事の仕事をする少年の物語から冒頭が始まり、その少年の住まう工房の人々を辿るようにして、幾人かの人生が語られていきます。そこには目立った「物語のヤマバ」があるわけでもなく、ある人物がこうで、彼に縁のある別の人物がこうで……と、平坦に展開していきます。

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第一章を読み終え、私事で恥ずかしいですが、「ああ、こんな小説を描きたい!」と思いました。

エンターテインメント的な、手に汗握る展開があるわけでもなく、ただただ静かな美しさで人々の人生が語られている、そういった物語を書きたいと常々思っていました。それが明確に具体例として示されて、娯楽性の高さを求めない小説が許されていることも分かって、目の前が明るくひらけたような感じです。

とはいえ、実際の執筆は思うようにはいきません。自分はこの作家様のように人生経験が豊富なわけでもなく、知識にも乏しく、誰かの一生を描くには年齢も十分でないのです。交友にも社会にも疎い私は、私自身の25年分しか書けず、登場人物たちはその一部でしかないわけで……このような素敵な作品を作り上げるには、長生きして時間をかけるより他ない、と思いました。


31日

明日から通販を再開するので、梱包材を準備したり、アドレスの古くなった名刺を改造したりしていました。

以前の名刺は、下の方にまとめてアドレスを載せています。それを裁断して取り除き、無地の裏面にテプラで新アドレスを刷って貼りました。テプラは解像度がガビガビの機種しか持っていないので、こういうのに使うと安っぽくなってしまうんですが、カードリッジや貼り方を工夫してなんとかしました。

同人誌の奥付の方も古くなっていますが、変に手を加えない方がいいかな……と思い、そのままです。そういえばペンネームの読みも変わってしまいましたね。

このことは、まだどこにもきちんと記してなかったように思いますが……。

2017年から制作し続けていた『保育器から墓場まで -From WARM to Tomb-』シリーズを、新シリーズ『白樟夢』(はくしょうむ、仮題)として再構成します。

再構成して、何が変わるかというと……登場人物以外のものがほとんど変わり、「人造人間SF」と個人的にカテゴライズしていたのが「新人類ファンタジー」になります。また、小説と漫画と絵とあれこれ並行して制作していたのが、長編小説『白樟夢』をメインコンテンツに据える形式となります。

自分でも驚くくらい突然決めたことで、まだ頭が心境の変化に追いついていません。もし見て下さっている方々で、以前のシリーズの方がよかったとか、『姥捨島挽歌』『マルスの胤』の続きが読みたいよ〜という方いらっしゃいましたら、申し訳ないなと思います。

この再構成は、月日が経つごとに必要になっていました。

『保育器から墓場まで』シリーズのはじまりは、2017年9月15日に見た夢で、未来の人類が無性の人造人間になっているというものでした。そこからSF風の世界観を創作し、登場人物をあれこれ考えて、『保育器から墓場まで』シリーズとして約3年間制作していました。

私は計画的な制作があまり得意でなく、制作途中で何度も設定や物語を作り直していましたが、3年間で最も確実に変化していたのは、SFからファンタジーへの移行でした。2017年には遺伝子工学やディストピア都市といったモチーフで作品を計画していたのが、2020年には舞台を田舎の島に移し、SF的な科学考証とは関係なく、「縁」や「呪い」という霊的な概念を重視して物語を書くようになりました。シリーズの特徴であった人造人間の母体「ウォーム(WARM)」は、「Worldwide Artificial Reproductive Machines」という人工子宮の機械であったのが、いつのまにか赤子を孕む巨樹になっていました。

そういった変化があって、ふと『保育器から墓場まで』という題を見つめ直したとき、ふと「今書いているものは保育器じゃないかもな……」と思いました。そしてウォームもMachinesではなくなっていると気づきました。そうして、全て作り直すことを決めました。

これは今試作している『白樟夢』の一つ目の物語、『木守は木洩れ日の夢を見る』の一場面です。

登場人物の「鶴木」は特に変わっていませんが、「ウォーム」は「母木(おもぎ)」というクスノキに似た巨樹に変わっています。ここには写っていませんが、他にもウォームの管理者「神父」が「木守(こもり)」という名前になっていたり、平成ほどの文明レベルだったのが、昭和くらいまで下がっていたりします。

「これはSFじゃなくてファンタジーだ!」「高度な科学より神霊のわざ、社会システムより信仰のことを書くぞ!」と思って書くようにしたら、もう本当に本当に書きやすくなって……思い切って良かったです。(しかし技術的な面では、描き慣れない三人称視点の文体がめちゃくちゃ難しくて唸っています……)

『保育器から墓場まで』シリーズに区切りをつけることにより、Pixivで公開中の『姥捨島挽歌』や『マルスの胤』、通販に並べている『Guidebook for Ourselves』や『姥捨島小景1』といった作品は、「古いもの」になってしまいます。しかし、私はあれらの作品にも、あれらなりの存在意義があると……自分で言うのは傲慢ですが、そう考えています。

今後もし『白樟夢』シリーズの制作がうまくいって、今までの『保育器から墓場まで』と全く違うものになっていったとしても、過去作は『白樟夢』のプロトタイプとして楽しんでいただけたらいいな、と思います。


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